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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)11969号 判決 1987年1月29日

原告 関孝哉

右訴訟代理人弁護士 熊谷光喜

被告 安原純生

右訴訟代理人弁護士 河原正和

主文

一  被告は、原告に対し、金一八〇万一六六六円及びこれに対する昭和六〇年六月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、それぞれを各自の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、三〇九万四六六六円及びこれに対する昭和六〇年六月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五三年六月二三日、リチャード坂田(以下「坂田」という。)に対し、東京都大田区田園調布二丁目四八番一二号メゾン田園調布二階二〇一号室(以下「本件マンション」という。)を、次の約束で賃貸し、これを引き渡した。

(一) 期間 昭和五三年七月一日から二年間

(二) 賃料 一か月一〇万円を毎月末日限り翌月分を支払う。

(三) 敷金 二〇万円

(四) 特約 当時居住用であった本件マンションを英語教室として使用するが、賃貸借契約終了後坂田の費用で原状に回復し、居住用マンションとして明け渡すこと。

2  被告は、昭和五三年七月一日、右賃貸借契約により原告に対して発生する坂田の一切の債務につき連帯して保証した。

3  原告及び坂田は、昭和五五年六月一五日、右賃貸借契約を、期間同年七月一日から三年間、賃料一か月一〇万五〇〇〇円、その余の条件は従前どおりとして合意更新し、被告は、同日、同じく坂田の債務につき連帯して保証した。

4(一)  原告と坂田は、昭和五八年七月一日、右賃貸借契約を賃料一か月一一万五〇〇〇円、その余の条件は従前どおりとして合意更新した。

(二) 被告がした連帯保証の効力は、右更新後の坂田の債務についても及ぶものと解すべきである。

5  原告は、昭和五九年一〇月ころ、坂田と右賃貸借契約を昭和六〇年三月三一日をもって解約する旨合意し、坂田は、昭和六〇年四月二六日、原告に対して本件マンションを明け渡した。

6  坂田は、昭和五九年三月一日以降本件マンションの賃料を支払わないから、昭和六〇年三月三一日までの未払賃料一四九万五〇〇〇円、同年四月一日から二六日までの賃料相当損害金九万九六六六円、合計一五九万四六六六円の支払義務を負うところ、原告は、昭和六〇年六月六日、先に預託を受けた敷金二〇万円を右延滞賃料の一部に充当したから、残額は一三九万四六六六円である。

7  坂田は左記のとおり原状回復義務を履行しなかった。

(一) 玄関内扉、ダイニングキッチンのクーラー台を設置し、南和室窓に板を打ちつけたのに、撤去していない。

(二) 玄関に設けられていた下駄箱を取外してしまい、回復していない。

(三) 洋間のカーペットを著しく汚損し、ベランダ側のガラス戸にこぶし大の穴を開けたのに、回復していない。

(四) 洋間とダイニングキッチンとの間の化粧扉を撤去し、間仕切りを設置したが、回復していない。

(五) 南和室とダイニングキッチンとの間の襖を撤去し、その二分の一の部分に木製間仕切りを設置したが、回復していない。

(六) 洋間と西和室との間の襖を撤去し、ボードで間仕切りを設置したが、回復していない。周囲の枠、敷居に釘または接着剤でとりつけているため、鴨居、木枠、敷居の修繕も必要である。

(七) 和室の畳を全部撤去し、その後を板張りにしたが、回復していない。なお、(五)、(六)の襖及び右畳を浴室に放置していたため、いずれも使用不能となった。

(八) 南和室の窓上の壁に多数の穴をあけたまま、回復していない。

(九) キッチン、トイレ、洗面台、洗面所壁を著しく汚したのに回復していない。

(一〇) 風呂釜を使用不能にしたまま、回復していない。

8(一)  原告は、昭和六〇年五月二日、繁本純子(以下「繁本」という。)に対し本件マンションを代金二一五〇万円で売却したが、居住用マンションに直すための工事費用として一七〇万円を右代金から控除することを合意し、一九八〇万円の支払を受けた。

(二) 右一七〇万円は、原状回復費用として妥当な額であり、坂田の原状回復義務不履行によって原告がこうむった損害額である。

よって、原告は被告に対し、保証債務の履行として、6の延滞賃料等残額一三九万四六六六円と、8の原状回復義務不履行による損害金一七〇万円の合計三〇九万四六六六円及びこれに対する弁済期経過後である昭和六〇年六月七日(坂田に対する訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実は、1の(四)を除き認める。右特約は知らない。

2  同4、(一)の事実は知らない。(二)の主張は争う。被告と原告との間の保証契約は、昭和五八年六月三〇日に坂田と原告の賃貸借契約が満了すると共に終了した。

3  同5、6の事実は知らない。

4  同7の事実中、(一)の内扉を設置したこと、(二)の下駄箱を撤去したこと、(三)のガラス戸に穴をあけたこと、(五)、(六)の襖、(七)の畳を撤去したことは認めるが、その余は否認する。

5  同8、(一)の事実は知らない。(二)の主張は争う。

三  被告の主張

1(一)  被告は、昭和五八年七月一日の原告と坂田との合意更新には関与せず、坂田の債務を保証していない。また、昭和五九年一〇月ころになされたという原告と坂田との合意解約にも関与していない。原告は、当時既に七か月分の賃料を延滞している坂田に対し、更に六か月もの使用を認めたばかりか、そのことについて被告には何らの連絡もしなかった。被告が知らない間になされた原告と坂田との合意により、被告が責任を負ういわれはない。

(二) 原告と坂田との賃貸借契約では、坂田が賃料の支払を一か月以上遅滞すれば、原告から直ちに契約を解除され明渡しを請求されることになっていたから、被告は、そのような事態になれば保証人にも請求があるであろうこと、そうすれば、保証人として坂田に対し何らかの処置をとることができ、保証人の責任は賃料の数か月分の負担ですむと考えていた。それ以上に保証人の責任が重くなるような場合には、賃貸人は保証人に対しその事情を通知すべき信義則上の義務があるというべきであり、通常負担すべき数か月分程度の額を超える請求は信義則に反し無効である。

2  坂田は、本件マンションを英語教室として使用するにあたり、間仕切りの襖をはずし、畳を除去し、床にリノリュームシートを敷いて靴のまま出入りできるようにし、什器備品を置いたが、明渡しに際し、リノリュームシートを取り外し、什器備品を搬出してほぼ原状に回復して明け渡した。浴室は使用していなかったから、原状のまま返還した。襖は張り替えれば使用することができる。原状回復に要する費用は四〇万七〇〇〇円程度である。

四  被告の主張に対する原告の反論

借家法の適用を受ける建物の賃貸借が更新された場合には、保証人の責任は更新された賃貸借についても存続するものと解すべきである。

本件において、更新後の契約内容は、賃料を一か月一〇万五〇〇〇円から一一万五〇〇〇円に増額したほか、従前どおりであって、右一万円も、三年間据置後の九・五パーセント弱の増額として、被告においても当然予測できた範囲のものである、更新後も被告の責任が存続すると解しても、不測の損害を及ぼすものではない。

原告は、坂田に対し、再三延滞賃料の支払を求めたが、坂田は必ず支払うと述べていた。原告は、坂田の従前の信用、過去の実績に鑑み、法的措置をとることを控え、円満な解決をはかろうとした。その間被告に対し連絡しなかったとしても、被告の責任が予想以上に重くなるということはないし、被告に対する請求が信義則に反するということもない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、(四)の特約を除き当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、坂田と原告は、本件マンションの賃貸借契約締結に際し、右(四)の合意をしたことが認められ、反証はない。

二1  請求原因2の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》、弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和五三年七月一日、前記(四)の特約の存在を承知の上で坂田の原告に対する債務につき連帯保証したものと認められる。《証拠判断省略》

2  右事実によれば、被告は、原告と坂田との間の賃貸借契約の終了時期、終了原因を問わず、坂田の原状回復義務不履行によって原告に生じた損害を、坂田と連帯して賠償すべき義務を負うものというべきである。

三  請求原因3の事実は当事者間に争いがない。

四1  請求原因4、(一)の事実は、《証拠省略》により、これを認めることができる。

2  同(二)の主張について検討するに、

(一)  民法六一九条によれば、期間の定めがある賃貸借において、同一内容で更新したものと推定される場合でも、右賃貸借の内容ではない保証人の債務は、前賃貸借の期間満了により消滅するものとされるから、昭和五八年七月一日の原告と坂田との合意更新時にあらためて原告と被告との間で明示の保証契約を締結していない本件の場合、被告の保証債務は同年六月三〇日の期間満了により消滅すると解する余地がある。

(二)  しかしながら、本件においては、以下に述べる理由により、原告、被告間の連帯保証契約の効力は、昭和五八年七月一日以降も存続すると解するのが相当である。

(1) 建物の賃貸借においては、借家法の規定により、期間満了後も賃貸借関係が存続するのが原則であり、かつ更新の前後の契約には同一性が認められること、

(2) 建物賃貸借契約自体が本来長期間にわたる性格のももで、保証人においても継続的に保証するものであることを認識している筈であること、

(3) 建物賃貸借の保証人の債務はほぼ一定しており、賃貸借契約の当事者による更新後の債務について保証の効力を認めても、特に保証人に対し酷であるとはいえないこと、

(4) 《証拠省略》によれば、昭和五八年の更新は、外国勤務中の原告が手紙で賃料を一万円増額して更新に応ずる旨連絡し、坂田が同額の賃料を支払ったことによって合意が成立したものと認められ、賃料増額以外の契約条件は、保証を含めすべて従前どおりとするのが当事者の意思に合すること、

(5) 被告本人尋問の結果によれば、被告は、昭和五八年七月一日以降も坂田が本件マンションで英語教室を経営していることを知っていたにもかかわらず、原告にも坂田にも保証しないということを申し出ていないことが認められること。

(三)  次に、保証債務の内容であるが、《証拠省略》によれば、原告は、坂田との間で合意した新賃料額を被告に通知せず、坂田も被告には話していないことが認められる。

しかしながら、前記争いのない事実によれば、本件賃貸借の賃料は二年後の更新に際し五〇〇〇円増額されたことが認められること、建物賃貸借において、更新時に賃料が増額されることは当然予測することができること、三年後に一万円増額することは、物価の上昇等の事情に照らし相当な範囲内のものであると認められることに照らせば、右金額が被告に通知されなかったとしても、被告は昭和五八年七月一日以降は月額一一万五〇〇〇円の賃料債務につき保証責任を負うものというべきである。

五  請求原因5の事実は、《証拠省略》により、これを認めることができる。

六1  請求原因6の事実は、《証拠省略》により、これを認めることができる。

よって、坂田は、原告に対し、未払賃料及び賃料相当損害金として一三九万四六六六円の支払義務を負い、被告は、同額の保証債務を負うものというべきである。

2  被告は、賃貸人には賃借人の賃料不払を保証人に通知すべき信義則上の義務があり、通常考えられる程度の延滞額を超える請求は無効であると主張するが、

(一)  賃貸借契約上、一か月以上の遅滞で契約を解除することができるとされていても、解除するかどうかは賃貸人が決定すべきことであること、

(二)  《証拠省略》によれば、坂田が七か月分もの賃料の支払を遅滞しているのに、なお明渡期限を六か月猶予したことは、坂田の使用の便を考慮したからであることが認められること、

(三)  保証債務の履行請求は権利であって義務ではなく、もともと被告主張のような通知義務はないこと、

(四)  仮に右遅滞の時点で原告が被告に対し通知ないし請求していたとしても、被告の債務は坂田の履行の有無にかかり、坂田が弁済しない限り被告は全額を支払わなければならなかったこと、

に照らせば、被告に対する本訴請求が信義則に反するものということはできない。

七  請求原因7の事実中、坂田が(一)の内扉を設置したこと、(二)の下駄箱を撤去したこと、(三)のガラス戸に穴をあけたこと、(五)、(六)の襖、(七)の畳を撤去したことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、《証拠省略》により、これを認めることができる。

八1  請求原因8、(一)の事実は、《証拠省略》により、これを認めることができる。

2(一)  しかし、原状回復とは、賃貸借契約締結当時の状態に復することを言い、これをもって足りると解すべきところ、昭和五三年七月一日当時の本件マンションの状況は必ずしも明らかではないけれども、《証拠省略》によれば、昭和四三年に建築された後居住用に供されてきたことが認められるから、一〇年間の使用による自然の損傷があったものと推定される。

(二)  《証拠省略》によれば、繁本が本件マンションを買い受けた後にした工事は、自ら居住するため内装を一新したものであることが明らかであって、原告が繁本との合意により売買代金を一七〇万円減額したからといって、これがそのまま坂田の原状回復義務不履行による損害額であるとすることはできない。

3  前記七の事実によれば、坂田の原状回復義務の内容は、

(一)  玄関内扉、ダイニングキッチンに放置されたクーラー台、南和室の窓に打ち付けた板を撤去すること、

(二)  下駄箱を回復すること、

(三)  ガラス戸を一枚取り替えること、

(四)  洋間とダイニングキッチンとの間の間仕切りを撤去し、もとの化粧扉に回復すること、

(五)  南和室とダイニングキッチンとの間の木製間仕切りを撤去し、襖を入れること、

(六)  洋間と西和室との間に取り付けたボードの間仕切りを撤去し、襖を入れること、

(七)  和室の床の板張りを撤去し、畳を入れること、

(八)  南和室の窓上の壁の穴を補修すること、

(九)  キッチン、トイレ、洗面台、洗面所壁、洋間のカーペットの汚損を修復すること、

(一〇)  風呂釜の修理をすること、

であるということができるけれども、これらの工事は、必然的に原状回復の範囲を超える工事を伴い、これを物理的に分けて考えることは困難である。また、賃借期間中の自然の汚損等については除外すべきである。そこで、繁本がした工事のうち、明らかに原状回復の範囲を超えると認められるものを除き、その余について割合的負担を認めるのが相当である。

4  《証拠省略》によれば、繁本は、工事費に合計一七九万六七六〇円を要したことが認められるが、うち、

(一)  《証拠省略》の穴あけ二か所 五〇〇〇円

(二)  《証拠省略》の

(1) 玄関天井ビニール張り 一万五〇〇〇円

(2) 西側洋間天井ビニール張り 一万八〇〇〇円

(3) 南側洋間天井ビニール張り 二万五〇〇〇円

(4) 和室押入襖張替 一万円

(三)  《証拠省略》の

(1) 和室天井張替目すかし 四万八〇〇〇円

(2) フラッシュ戸洋服たんす部二枚 二万六〇〇〇円

(3) 同右洋たんす床コンパネ張り 七〇〇〇円

(4) シンプソンドア取付 一一万円

(5) ドア廻枠取付 二万五〇〇〇円

(6) 同右撤去移動取付直し 一万五〇〇〇円

(7) 網戸外部枠廻取付 四万八〇〇〇円

(8) 網戸サッシ 八五〇〇円

(9) トイレサッシ両引小窓 一万二〇〇〇円

(10) 洋間床コンパネ張下地共張替 四万八〇〇〇円

(四)  《証拠省略》の全額 一〇万一五〇〇円

(五)  《証拠省略》の、風呂釜給湯器 一六万七〇二五円(一九万六五〇〇円の一五パーセント値引き)を除く 二九万一九七五円

合計 八一万三九七五円

は、原状回復とは無関係のものであるというべきであるから、これを差し引くと、九八万二七八五円になる。そして右金額のほぼ四割強にあたり、かつ被告が自認する四〇万七〇〇〇円が、坂田の原状回復義務不履行と相当因果関係ある損害額であると認められる。

九  以上により、原告の本訴請求は、延滞賃料等一三九万四六六六円と原状回復義務不履行による損害金四〇万七〇〇〇円の合計一八〇万一六六六円と、これに対する弁済期経過後である昭和六〇年六月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大城光代)

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